2009年12月12日

「観光・まちづくり」で起業する1    土居 年樹(天神橋筋商店街連合会 会長)

土居さん.JPG 天満の界隈は天満宮(天神さん)が1300年前からある古い門前町が発祥で、1200年前からの神事を守る氏子がそのまま商店街に残る歴史と由緒を持つ町である。お参りは信仰のほか、遊びや楽しみでもありいわば門前町は自然発生した町である。ところが「天然の町が養殖の町に食われる」事態(スーパーの出店)が1950年代にあった。通勤のサラリーマンが足早に通り抜けるだけで買い物客が商店街に来ないという危機に直面され、土居氏は「天神橋3丁目を良くする会」(現在の天神橋3丁目商店街振興組合の母体)を皆で作り、商店街を活性化させるための仕掛けを考え始められた。


 土居氏は「商店街はまちの心臓である」と述べる。昔は商店街に住んで、通る人々をお互いに見ながら(監視しながら)過ごすので街が安全であった。日本の社会が悪くなったのはそれが崩れたためと土居氏は説明される。また、もともと商店街では、お客さんと世間話しをしながらつながりを築きいて商いが行われていた。個々の商店にはそれぞれの特徴やこだわりがあり、代々受け継がれていた。土居氏は、人をつなげる商いの重要性や役割を伝えるのが商店街で、商店街にはそういった街商人(⇔企業商人)が生き残らないと日本の街はどんどんだめになると説かれた。


 土居氏が商店街の仕事をして一番大事と思われたのが「文化」である。天神さんの周りにはかつて井原西鶴、川端康成等が交流する芸能・芸術があり、天満の町はかつて文化・芸能の中心であった。そのため、土居氏は文化の掘り起こしを考え付かれ、文化センターの設置、七夕神事の復興、大学生・修学旅行生の学び・活動の機会の創設、そして「上方落語定席 天満天神繁昌亭」の建設と発展された。現在も繁昌亭は常に250席が満席という盛況ぶりである。また、2009年7月大川・天満橋エリアからLEDを2万個放流し大川を天の川にする幻想的なイベント「平成OSAKA天の川伝説」を成功された(LEDの回収・リサイクルなど環境には十分配慮されている)。


 土居氏は、行政が行う施策や指導は衰退著しく立ち直れなくなってから行うもので予防にはならず、それよりもまず予防する人(民)が必要と説かれる。土居氏は今後も商店街の重要性、本来の目的・役割を色々な人に発信され続ける。


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